プライズマンがFREEを語る

リベラのコンセプトは、”ancient”と”modern”の双方にあります。
そのヴォーカル・サウンドのルーツは教会や修道院の音楽にありますが、リベラは完全にオリジナルなプロジェクトであり、古来の共鳴する響きと現代のメインストリームのサウンドを統合する新しい方法を模索してします。過去にも単旋聖歌をロック調にした試みはあり、多くのアーティストが高音域の声をサンプリングに用いたりもしました。しかし音楽のメインストリームのレパートリーでそうした声が相応しい音楽と真に統合されることは稀でした。

リベラの歌い手は英国ロンドンを拠点とする少年歌手のグループです。
少年聖歌隊と呼ぶこともできるでしょう――損なわれていない高音の声を持ち、合唱団の中で一体となって歌います。しかしながら、リベラという名称は一般的なクラシックの合唱曲のテクスチャーやレパートリーから自由になることをも表現しているのです。広範なメインストリームのマーケットにアピールし、普段少年聖歌隊のアルバムを買うリスナーだけに限定されないサウンドを創出しています。

リベラの特徴として革新的テクスチャーや歌い手達の表現力の広さなどが挙げられます。ゾクっとするほど心に寄り添う瞑想的なソロイストたちは、時に声域のぎりぎりのところで、力強い恍惚とさせるハーモニーと見事な対照性を生み出します。私達はこれらのサウンドが魂を高揚させるものであることを願っています。

 

リベラの音楽は類いない特徴を備えた少年歌手達の際立ったサウンドに触発されています。才能あるソロイストたちが音楽にもたらすそれぞれの魅力を出来る限り保ち、個人のニュアンスを消し去らないように努めながら、同時に合唱団に必要な調和やチームワークを促します。
リベラは1つのスタイルとして登場しました。それは歌い手達から自然に流れ出てきたかのようでした。コンサートでは、より大規模の合唱曲でも熱狂的な反応を受けることが次第に増え、より幅広い聴衆を獲得できるかもしれないという自信をもらうことができました。
残念なことに合唱団は音楽上の障壁をなかなか超えられないものです。私が望むのは少しずつリスナー達に浸透し、偏見なしに鑑賞してもらえる音楽を創造することだけです。

リベラを英国の有名な教会や大学の合唱団、またそのレコーディングと比較することはできません。各合唱団は自分たちの専門とする音楽において卓越しているのです。リベラの少年達が礼拝の一部として教会のレパートリーの偉大な古典作品を歌うとしても、その分野を専門にしているわけではありません――あらゆる有名な合唱団以上に自分達自身の音楽と関係を深めたいと思っているのです。

リベラは音楽上の障壁を乗り越えたいと願いながら、一方で広くスピリチュアルなバックグラウンドにも訴えかける可能性を試みています。歌詞のかなりの部分はローマ・カトリック教会のテクストに基づいていますが、特定の宗派だけを対象にすることのないよう努めています。

私達は歌の中にある全てのバックグラウンドを用いますが、常に”ancient”と”modern”の響きを統合しながら統一感があるようにと願っています。リベラは自分たち自身の新しいサウンドです。私達は「リベラ」をセッション・シンガーの一団と契約することでは作り出せなかったでしょう。リベラの音楽は、個性的な特徴を備えたこれらの少年たちが生み出すサウンドへの返答なのです。モダン楽器の使用はリベラ・サウンドの完全な一部です。「ビートのきいた少年合唱団」ではありません!

少年の声にはある種の特質があります。それが特にスピルチュアルな素材に適っていると考える人もいます。歴史的にも少年の高音域のそうした特定の特徴は教会音楽の偉大な作曲家達を触発してきました。そのような特徴は社会環境や教会の偏見との関わりの方が深かったと否定的にいう人もいるでしょう。しかし声変わりする直前の数年間の少年の声には特別な質があることを否定する人はほとんどいないでしょう。それは早く花びらの散ってしまう花ほど一層美しく咲き誇るのに似ています。リベラは、新しい商業的なアレンジとテクスチャーを追求する一方で、常にそうした儚げな性質を取り上げ、古来の音楽スタイルからインスピレーションを導き出そうと努めてきました。

リベラの最年少は7歳です。学校を除いて初めて自宅外で活動する子もいます。1年後くらいには毎週練習や公演で多くの時間を費やすことになるでしょう。ステージ上では歌うことは彼らの「趣味」になります。参加を強制されることはありません。彼らが自分で選ぶのです。従って、ある意味指導者としての私の仕事は簡単になります。何故なら彼らがそこにいたいと思うのですから。学校での義務活動とは違うのです。

合唱団はひとたび独自のサウンドを獲得すれば、新メンバーは本性の助けによって、自然に模倣することでそのサウンドの一部になることができます。少年達は技術的に自分の声をどう用いるのか――呼吸法、共鳴のさせ方、発音等――を学ぶのに膨大な時間を費やしことになりますが、少なくとも練習の半分は、彼らの耳と、模倣を通して物事を学ぶ子供の内的能力によってなされるのです。教えられるというより自ら言語を習得するのに似ています。だからこそゼロから合唱団を始めるのは大きなチャレンジなのです。

大いなる仲間意識、あるいは遊び仲間の精神に近いものが生まれます。そうした精神から、前向きで力強い年長者に助けられながら、独自のヒエラルキーとヒーローをもった活発な小コミュニティが出来上がります。こうしたものはすべて演奏を一層素晴らしいものにするのに役立ちます。仲間たちの中で自信を持ち、自分が互いに支えあう一団の一部であると感じられれば、少年達は歌うことに夢中になるでしょうし、感情表現でも自由を感じることでしょう。

ロバート・プライズマン

 

SoundTown/LIBERA より 抜粋